なじむ感性

KANSEI OF FITTING (キーワード:なじむ、慣れる、使用価値)
(KEYWORDS:FITTING, ADAPTING, USE VALUE)
小高大輝、吉田宏昭(信州大学) 23fs211d@shinshu-u.ac.jp

1. はじめに

革製品や木材製品など、モノを使用していく中で、「なじんだな」といった印象を抱くことがある。野球少年だった著者にとっては、グローブがまさにそうであった。新品のグローブほど心が躍るモノはなかったが、新品の状態ではまだ硬く、思い通りに捕球ができないこともあった。しかし、使い込んでいくうちに段々と使い心地が良くなり、いつしかグローブは自分にとって身近で、なくてはならないモノになっていった。このように、グローブが私の手に、私自身に「なじんで」いったのである。

ここで、「なじむ」という言葉を考えると、手になじむ、靴がなじむ、職場になじむ、なじみの客、幼なじみなど、私たちの世界には実に多様な「なじむ」が存在することに気付く。果たしてこれは偶然か、必然か、本研究では、多様な「なじむ」の中で、特に、「ヒト」と「モノ」との関係性における「なじむ」に着目し、その価値を見出していく。

2. 「慣れる」と「なじむ」

「なじむ」という言葉と似た意味を持つ言葉として、「慣れる」という言葉がある。しかし、両者の言葉は時に、それぞれの意味をそれぞれが包含しており、区別することが難しい。そこで、ヒトとモノとの関係性を表す場合において、これらの言葉の違いを考えてみる。

慣れる
「ヒト」が「モノ(の扱い)」に慣れる

「慣れる」を使用するとき、一般的には上記のように表現されると考えられる。この際、ヒトが主語、モノが慣れる対象となり、モノに対する違和感が無くなる、モノの扱いを習熟するといった意味になる。すなわち、「慣れる」とは、ヒトが主体で、対象のモノに対するアプローチであると考えられる。

高校球児がグローブでノックを受ける様子
(例)グローブの扱いに慣れる

なじむ
「モノ」が「ヒト(の身体など)」になじむ

一方、「なじむ」の場合、上記のように表現できる。この際、「慣れる」とは逆で、モノが主語、ヒトが対象となり、使用によるモノの経年変化等で、モノがヒトと調和するといった意味になる。すなわち、「なじむ」においては、モノが主体となり(主体であるかのように感じ)、ヒトにアプローチしていくという側面が考えられる。

グローブが柔らかくなって手に「なじむ」イラスト
(例)が手になじむ

3. 事例

前述した「慣れる」と「なじむ」について、ヒトからモノへアプローチしていく事例と、モノからヒトへアプローチしていく事例を、著者らの研究室で行った研究を例に紹介する。ノとの関係性を表す場合において、これらの言葉の違いを考えてみる。

3.1 ヒトからモノへのアプローチ:シャープペンシル

ヒトがモノに慣れるに従って、モノの使い方が変化していくと考えられる。そこで、大学生10名を対象に、20日間シャープペンシルを使用した際の、把持力の経時変化を計測した。用いた試料については、軸径や重量の異なる7種類のペンをそれぞれ試し書きしてもらい、嗜好度を順位付けてもらったもののうち、順位が一番低かったもの(嫌いと感じたペン)を被験者ごとに1本選定した。評価の低いシャープペンシルにした理由は、使い方に大きな変化が生じると予想したからである。この試料を、20日間毎日使用してもらい、20日間使用をする前と後に、3回ずつ把持力を計測し、平均値を算出した。  把持力の計測には、加圧により抵抗が変化するセンサを用いた。これを、母指、示指、中指のペンが接触する箇所に装着した。この際、得られた値は、センサで算出した抵抗値の変化を荷重の変化として出力したものであり、無次元量となる。図1に、ある1名の被験者の結果を示す。

図1 把持力の経時変化

全ての被験者において、20日間使用の前後で把持力が変化しており、図1のように、荷重が過度に強かった指は弱く、弱かった指は強くなる傾向があった。

3.2 モノからヒトへのアプローチ:ランドセル

次に、モノの経年変化をヒトが認知し、その変化を「なじんでいる」と感じる例として、ランドセルを紹介する。小学生を対象に、自分が普段使用しているランドセルと、新品のランドセルを背負い歩行した際の、肩と背中にかかる圧力を計測した。計測には、シート状の体圧センサを用い、これを被験者の肩から背中にかけて貼り、その上からランドセルを背負ってもらった。図2に、ある被験者1名(小学4年生)の結果を示す。図中の上側が肩、下側が腰付近の体圧分布を表している。

新品の場合(図2の左)、肩と肩甲骨付近の圧力分布がまばらであり、変動が大きかった。特に、肩甲骨付近の圧力に関しては、そもそも圧力が生じていない状態と、顕著に生じている状態とがあり、圧力分布が安定していなかった。一方、自分のランドセルの場合(図2の右)、肩甲骨付近には圧力が生じず、肩と腰に安定して圧力がかかっており、変動も少なかった。ランドセルが使用者の身体に沿った変化をしたため、圧力分布に違いが生じたと考えられる。さらに、この被験者に、目隠しをしてもらった状態で2つを背負い比べてもらい、「2つのうち、どちらが普段使用しているランドセルか」と尋ねたところ、即答で正解した。ランドセルは経年変化することでヒトになじみ、使用者もその変化を認知していたため、自身のランドセルを回答することができたと考えられる。

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